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ショック3

 投稿者:  投稿日:2018年12月27日(木)11時11分36秒
  (続き)マツオさんが高下駄で通学していたのを見て、私も親にねだりました。ボート部の制服みたいな物だ、と説得したと覚えています。我が校では通学の履き物になんの制約も無く、運動靴でも革靴でもゲタでもよかったようです。履き物ぐらい自分でふさわしい物を考えよ、と自主性を尊んでいたのでしょう。私も勇んで高下駄で通学してみたけれど、市電やバスに乗るにはちょっぴり気恥ずかしさを感じていました。ボート部の練習に高下駄一団で颯爽と出かけたのは、想い出として残っています。

あの頃、自分の将来や進学先など考える余裕も無く、日々の中間テスト、期末テストに追いかけられていました。学問を学ぶのでは無く、テスト問題にどうやって正答するかだけを勉強していました。効率を考えて、筋道や理論では無く解答を丸暗記するだけ。今にして思えばもったいない勉強をしていたものだと後悔が残っています。

本日、思いがけずご遺族から供養の品が届きました。マツオさんからのありがたい頂き物として、包装紙も含めて大切に保管することにしました。私のできることは、天国のマツオさんに感謝の思いをはせることくらいしかありません。人生の出会いはとても運命的で、偶然のなせる技。あのとき道で出会っていなかったら、今の自分はありません。オレの高校に来ないか? そのたったひと言で、私の人生は切り開かれました。(続く)
 
 

3263 ショック2

 投稿者:  投稿日:2018年12月 6日(木)21時43分19秒
  (続き)ボート部の部室は3階建て校舎屋上の薄暗い倉庫にありました。壊れそうな古びた個人ロッカーが部員に与えられて、そこに着替えなどを置いていました。マツオさんの教えに従い、教科書や参考書も置いていました。だから、忘れ物をしなかったのです。休み時間はそこに集まって、おしゃべりしたり弁当を食べたり宿題の答え合わせをしていたことを思い出します。普段の練習はバック台といって、ボートを漕ぐスタイルで腹筋などを鍛えるだけでした。テニスやバスケットなどはゲーム性があって、敵をうまくかわす、などの作戦を立てて楽しめます。ボートは、ひたすらちからいっぱい漕ぐだけです。おもしろくもなんともありません。練習は腕立て伏せに腹筋、スクワット、バーベルなど、ただ苦しいだけの繰り返し反復ばっかりでした。私は、ボート部ではなくボディビル部の間違いだと思いました。マツオさんはどうしてボート部を選んだのか、いつか聞いてみたいと思っていましたが、ついに聞くこともできなくなりました。

実際にボートを漕ぐ練習もやりました。港近くの運河にあった共同艇庫に、学校名が書かれた4人漕ぎコックス(舵取り)ひとりのナックルフォーボートが鎮座していました。どうだ、歴史と伝統を感じるだろ、と言われたけれど、つまり古くて重いことを表現していて、予算がなくて新しい船を用意できないだけであることは誰にもすぐにわかることでした。練習する運河はこげ茶色の水で下水と油の臭いが漂って、間違っても落ちるなよ~、と注意されました。こりゃ、落ちたら生きて帰れない、と思いました。

夏休みに、マツオさんと海の家でアルバイトをしました。海水浴客に手こぎボートを貸し出す仕事でした。潮の満ち引きにあわせてボートを波打ち際に移動させる作業は、すごく体力を消耗する仕事でした。生まれて初めて賃金を受け取りました。貸し出しの受付はかわいい女子アルバイトが担当し、我々は彼女の指示に従ってボートをアゲサゲしていました。楽な仕事の女子も、力仕事の我々も、同じ日給400円。毎晩、我が家の玄関で百円札4枚を握りしめて倒れ込んでいた私の姿を、歳をとったオフクロが懐かしそうに話してくれました。  (続く)
 

3262 ショック

 投稿者:  投稿日:2018年12月 5日(水)22時15分54秒
  今日受け取った喪中ハガキは、強烈な驚きと寂しさを感じる内容でした。私が中学、高校で大変お世話になった一年先輩のマツオさんが亡くなられた知らせです。ずっと年賀状だけの交信でしたが、まだまだいつでも会えると思っていたのに、突然もう二度と会えなくなってしまって、本当に残念です。私の青春時代を彩ってくれたすばらしい先輩でした。

私が中学3年生、彼が高校1年生のある朝。食パンを口にくわえたまま学生服のボタンをしめながらカバンを抱えて電車に間に合うように必死に我が家の前を走る彼の姿を見かけました。オフクロが、いつものことだけどほほえましいね、と笑っていました。電車で1時間以上もかかる遠いところにある高校だから、早起きしての通学だけでも大変だろうな、と他人ごととして同情していました。その大変な通学姿に、なぜかあこがれを感じていたのは、不思議です。

ある日、彼は私に、オレの高校に来ないか?と誘ってくれました。どんな高校なのか尋ねたら、いろいろ説明してくれました。中でも、女子が多い高校だから男子は結構大切にされる、掃除当番は時々免除だ、そして、授業中に早弁(早めの弁当)ができる、と教えてくれました。ホント~、スゴイ~、と思ったのは、世間知らずのウブさのせいかもしれません。たったそれだけで進路を選んだのは正しかったか間違いだったか、すでに結論は出ています。あの日のマツオさんのお誘いは、我が人生を決めた一瞬だった、と思っています。

その高校の合格発表の日、貼り出された受験番号ボードのそばで、部活動の激しい入部勧誘が行われていました。そこに居たマツオさんから言われたのは、もうおまえのクラブは決まっているから他のクラブ勧誘を受けないように、でした。なんだろう?ワクワクしながら期待していたら、なんとボート部でした。当時、高校でボート部のある学校は少なくて、インターハイでは最初から県大会出場の栄誉だ、と教えられました。ボート部なんてほとんど存在すら知られず、ルールもスタイルも知識情報皆無で、誰も進んで入部したいとは思わないだろうな、と、思いました。今にして思えば、部員が足りないから私を高校に誘ってくれた、のかもしれません。  (続く)
 

3261 避けられない人手不足

 投稿者:  投稿日:2018年 6月 9日(土)22時53分8秒
  戦後、ずっと増え続けてきた日本の人口はついに、2015年の国勢調査で初めて人口減少に転じ、これからはどんどん減る一方だそうです。今は1億2700万人ですが、50年後に8800万人、100年後は5000万人となる、と「未来の年表」(河合雅司著講談社新書)は推定しています。人口が減るにもかかわらず、老人の比率は増加の一途をたどるようです。老人を支える若年世代は、えらく迷惑なことと思っていることでしょう。先般、「未来の年表2」も発刊されて、読むほどに危機感を覚えてしまいました。働き手が少なくなっては、従来型社会を構成できません。将来に不安を感じる若い世代が多くなることは必至です。

終戦直後に生まれた我々は、幼少の頃は貧しい環境下で過ごしながらも、歳と共に高度経済成長の中で結構豊かな生活ができました。社会人となって年功序列の善き(笑?)慣習の下、ずっと平和で安定した時代を過ごし、リタイア後もそれなりの年金を受け取れて、近い将来には充実した介護保険のお世話になることができるという、理想的な社会に恵まれてきた気がします。河合氏が言われる「逃げ切り世代」なのかもしれません。でも、私が亡き後はどうなってもいい、とは、とても思えません。安易な移民受け入れは問題点が多そうで抵抗を感じます。教育の無償化などで子供を増やせる環境を整えるのも必要なことでしょうが、抜本的な感じではありません。人口増対策よりも人口減対応を考える方が現実的か、と思います。反復繰り返し作業は極力機械にまかせて生産性の向上に努めることや、過剰サービスの縮小または高価格化、などもひとつの手かな、と思うこの頃です。
 

3260 お墓システム    

 投稿者:  投稿日:2017年10月 5日(木)21時48分6秒
編集済
  いろいろ考えた末に、我が家のお墓を東京に移設しました。もうお墓参りの度に毎回名古屋往復はキツい歳となり、故郷の家も売却してしまったのでついでに行く機会がめっきり減ったことなどを考慮して、お墓は気軽に行ける場所にあった方が良い、と考えました。私が生まれる前からあった墓石は先祖や両親が心を込めて磨いてきたものだけに、墓石ごと移動することも考えましたが、長年の風化で少しずつ欠け始めていたことや、背丈の高い昔タイプの墓石は地震に弱いことなどを考えて、新しく今風横置きタイプを作ることとしました。

幸い、都内で由緒あるすばらしいお寺様と出会えたので、長い間お世話になったお寺とお墓に後ろ髪を引かれながらも、移動を決断しました。果たして先祖が喜んでくれるかどうか不安ながら、引き続き末永くお参りすることを心に誓って、先月名古屋のお墓に別れを告げました。

遺骨の移動には保健所の許可が必要なんですね。お寺の承認印が押された届出書を千種保健所に提出して、許可証を受け取りました。死後の世界でもお役所の監視があることを改めて認識した次第です。お魂抜き法要は丁度台風接近中の大雨の中で、大型パラソルに当たる雨音がかなり激しかったけど、和尚人さまの迫力ある読経に加えて木魚と火打ち石が響き渡り、雨音は完全に読経の勢いに負けていた気がしました。約40分に及ぶ法要は無事に終了して取り出された遺骨を抱いたとき、「よく引き取りに来てくれたね」と喜んでいる声が私の耳にだけに聞こえました。

丁度秋のお彼岸に家族が見守る中、真新しいお墓に遺骨を埋葬できて、私の人生における重大イベントが終わりました。すごく充実感を感じています。先祖がいらしてこそ我が人生があり、子供達を通じてさらに未来へと続くのだから、先祖への感謝の気持ちを忘れてはなりません。遺骨は構造的には単なる石ころと同じ物体ながら、お参りする人が故人に思いをはせれば、心の安らぎを与えてくれます。昔から叡智を集めて考えられた結構有益な伝統的システムなんだ、と感じさせてくれたイベントでした。
 

3259 40年後の世界は、、、    

 投稿者:  投稿日:2017年 4月11日(火)11時15分11秒
編集済
  久しぶりに書き込みます。昨日のニュースで気になったのは、40年後の日本の人口が8,800万人となり、働き手不足で経済社会が成り立たなくなるかもしれない、と言うことでした。40年後と言えば私は110歳。40年の医療進歩はすさまじくて、ひょっとすると私は元気に余生を楽しんでいるかもしれません。人間は何事もなければ120歳までは生きられる、と聞いたことがあります。

私が想像する40年後の世界は、家に居ながらにしてディズニーのテーマパークに出かけ、食事は栄養バランスの取れた錠剤を定期的に飲むだけとなり、バーチャルレストランで会食を楽しむことになるでしょう。自走運転の自動車なんて昔の話で、お墓参りの時は椅子に座ったまま瞬間ワープマシーンが遠くにあるお墓に運んでくれるでしょう。買い物は画面と会話するだけで室内にある宅配ボックスに物が届きます。運動不足にならないように、備え付けのボックスに入るとロボットとテニスラリーが楽しめて、常時監視の機械が健康管理を努めてくれます。時間になると囲碁ソフトやナンクロゲームが自動的に立ち上がり、バランス良く脳細胞を刺激してくれます。歯が痛いと思った瞬間、錠剤に痛み止めの薬が添加されて、知らない間に治るのです。

医者要らず、レストラン要らず、自動車も鉄道も要らず、人手不足は解消して、人間は家の中で楽しむだけの世界になる、そんな世界にならないかな~、と思ったニュースでした。
 

3258 年の初めに     

 投稿者:  投稿日:2017年 1月 3日(火)19時54分6秒
  今日は川崎大師でおみくじを引きました。結果は去年と同じ「吉」。去年はとてもよい年でした。何よりも健康で過ごせたことが一番よかったけれど、今年も同じとすれば、ありがたいな~、と思いました。去年と同じ店でダルマを買いました。早速片方に目玉を描いて、家族の幸せを祈願しました。

今年は、衰える体力や脳細胞をくい止めて、現状維持を続けられることを目標にします。テニスもうまくならなくてもいいし、プールやウォーキングで体力向上は望みません。楽しい数独(ナンプレ)も所要時間を意識しないで解けたら良としましょう。淡々と続けることができたら、それで十分と思います。年の初めに当たり、一年の覚悟を確認しました。
 

3257 年の瀬に       

 投稿者:  投稿日:2016年12月31日(土)14時27分39秒
  もうじき、今年が終わります。いつものことながら昔の歳末を思い出して、郷愁を感じています。新しい服を枕元に用意して、朝は珍しく仏壇にお参りして、日頃食べない数の子やかまぼこを食べられる、すごく楽しいお正月でした。親戚のお宅で神妙にしていると、お年玉がもらえました。今年はいくら入っているのか、早く中が見たかったことを思い出します。昔は新しい年へのワクワク感があったのに、この頃は淋しいばかりですね。

もう新しい年なの?ちょっと速すぎないか、と感じているのは私たちの年代の多くでしょう。でも、一応の区切りの日。今夜は今年を反省して、新しい年を迎えます。今年は、、、そう、なんのトラブルもなくとてもよい年でした。反省するとすれば、メタボ改善が今イチだったことくらいです。楽しいテニスも頑張りました。上達はあきらめて、劣化退化を防ぐことに専念しました。プールも、ひたすら通うことが大事、と心得ることができました。明日は、元気で楽しく過ごせますように、と初詣でお願いしたいと思います。皆様も、よい年をお迎えくださ~い。
 

3256 ショックな郵便が、、、     

 投稿者:  投稿日:2016年10月26日(水)17時10分8秒
  本日、バス特別乗車証明書なるものを受け取りました。高齢者の社会参加を目的に、市内のバスに半額優待してくれるそうです。まだまだ先の話と考えていたのに、もう社会から支えられる歳になったのか、と驚くと同時に寂しさも覚えました。これからは確実に社会に助けられて生きていくことになります。もう、社会に貢献はできないけれど、せめてできるだけ負担をかけないように健康に注意して元気でいたいと願っています。

だからプールとテニスとウオーキングが欠かせません。そして毎日、納豆とヨーグルトと牛乳とトマトジュースと、、、、極めて健康配慮な食生活を続けています。これで風邪でも引いたら怒られるよ、と言われながら、永くしっかり頑張るつもりでおります。そう言いながら今朝起きたら、寝違えたらしくて首が回りません。湿布薬を貼るなんて実に年寄りじみていると思いながらも、お世話になっています。これからも、あちこち痛いところが増えていくのでしょう。めげないぞー、と自分に言い聞かせるこの頃です。
 

3255 大満足した~    

 投稿者:  投稿日:2016年10月14日(金)17時15分41秒
  中華アンプなるものを買って少し手を加えたところ、なかなかの音質で大満足しています。動機は、昔買った大型AVアンプが無駄にスペースを占拠していて、場所を明け渡して欲しかったのです。YahooオークションやAmazonなどをふらふらと探していたら、ふと目に付いたレビューに動かされました。中華(Made in China)アンプとあなどるなかれ、今のものはスゴイ音が出ている、と評価されていたのです。なんと本体が1,779円でLineInのほかSDカードとUSBの音楽も再生し、リモコンまで付いています。私のお小遣いで、お遊びのつもりで買ってしまいました。

商品が届いて早速試音しました。安価で小型なのに音はそこそこしっかりしています。これがデジタル処理故なのでしょうか、ホワイトノイズは皆無です。MAX20Wレベルですが、自宅で出す音量には十分です。ピアノやボーカルを耳を澄ませて聴いてみると、今までの音に比べてやはりチープ感があります。そりゃ何万円もするアンプと比べる方がおかしいですよね。まぁ、そこそこ満足しました。

そして、111件も書かれていたレビューを丹念に全部読みました。結構、電気知識を持ったオーディオマニアの方が書き込みしていて、とても参考になる話がたくさんありました。使われている初段のオペアンプを取り替えると中低音まで響く、とか、電源部の電解コンデンサーを容量の大きいもの交換するといい、などと、たくさんのアドバイス。本日、秋葉原で推奨のオペアンプ(@400)、コンデンサー(@120)などを買ってきました。懐かしいハンダゴテの作業を行って、交換完了。さぁ、改善した音は、、、。スゴイ!高級アンプに決して見劣りしない音に変貌を遂げました。心から満足しています。書き込みのみなさんに感謝です。

ちなみに最初に付いていたオペアンプは@15で売られていて、もうチョットよいものが@100、マニアご推薦が@400でした。@100のものも買ってみてソケットで差し替えできるようにしたので、3種類を聞き比べしました。うーん、@100のものでも十分だったかな、と思いましたが、一応、@400を付けてあります。この満足感は1,779円の何倍もの価値があると思った次第です。
 

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