懐かしの列車&車内放送の広場
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Re:駅放送
投稿者:
旅情館カレチ
投稿日:2012年 5月15日(火)23時26分50秒
えびの2号様 旅情館のサウンドお聞きくださいましてまことにありがとうございました。
今回公開した「日南4号」に乗車した時も「にちりん7号」に乗車しましたが、駅のアナウンス
は録音していなかったので二度目に乗車した時のものを公開することにしました。
特徴のあるものや、独特の言い回しの駅のアナウンスは国鉄時代には数多くあったと思います。
急行「鳥海」の羽後本荘や急行「ニセコ」の長万部など、あと地方によってはなまりのあるア
ナウンスもありましたね。最近では自動放送のアナウンスが多く寂しいかぎりですね。
駅放送
投稿者:
えびの2号
投稿日:2012年 5月15日(火)19時54分31秒
こんばんは。
地元九州の昔の車内放送懐かしく感じました。
旅情館に保存されている78年の「にちりん7号(上り)」の延岡到着時が、「昔の国鉄」を実感しました。改札掛が「のべおかーのべおかーのべおかー」と棒読みで連呼するスタイルは、昔を思い出しました。「旧型客車から降り立つといつもこんな棒読み放送だったなー」と。
今、このようなアナウンススタイルは受け入れられないんですかね。個人的には良いと思うんですが・・・・。
ご当地メロディー
投稿者:
かんりにん
投稿日:2012年 5月15日(火)00時54分57秒
ハイパーサルーンのご当地メロディーを聞いたのは、この「有明36号」と翌日乗車した
「かもめ12号」のみです。正確にいつからいつまで流れていたのかは不明です。92年「つば
め」登場の頃には「浪漫鉄道」だったように思います。ちなみに、いくつか公開しています
が、博多-熊本間の「有明」は自動放送ではなく、肉声放送が多かったと思います。
ご当地メロディーは東北新幹線・上越新幹線から広まり、特急「くろしお」「北近畿」
「北越・白山」「あずさ・かいじ・あさま」「あいづ」など拡大していきました。
Re:本館特急有明36号(ハイパサルーン)
投稿者:
懐古館カレチ
投稿日:2012年 5月14日(月)23時17分24秒
本館特急有明36号(ハイパサルーン他公開ありがとうございました。
今回公開していただいた車内販売放送の終わりの方に「3号車にカフェテリアがあります。」という放送が流れています。また783系増備車による西鹿児島から博多の通しの収録たいへんありがとうございました。途中停車駅の到着時刻はもとより各駅の乗り換え列車の発車時刻や発車番線まで自動放送される783系の完全自動放送は当時(22~23年前)たいへん驚きました。首都圏では自動放送が氾濫していますがこのような完璧な自動放送はありませんね。田原坂の肉声英語放送は今でも新鮮に思います。なお懐古館のものとも多少異なるようですね。西鹿児島発車後の自動放送が完全に終了するのを待てず車掌が自己紹介していましたね。783系ハイパーサルーンのご当地メロディーは短期間だったのでしょうか?私が乗車した1988年1990年はご当地メロディーは全く流れませんでした。
Re:旅情館急行「日南4号」特急「にちりん7号」
投稿者:
懐古館カレチ
投稿日:2012年 5月14日(月)22時43分21秒
旅情館、急行「日南4号」特急「にちりん7号」公開ありがとうございました。
山陰地区とともに九州でも鉄道唱歌のチャイムが多用される列車がありましたが車内販売の放送でも流れたのですね。のべおか~など駅ホームの放送も旅情をそそりますね。大分では大阪行「急行くにさき」(当時は14系座席モノクラス)の乗り換え案内がホームの放送で流れておりなつかしく思いました。
急行日南は京都⇔都城の下り3号上り1号に1968年10月からオハニ36が連結されてたようです。1972年3月改正でオハニ36は日南から外れ門司港⇔西鹿児島「急行みやざき」に連結されるようになったようです。なお「急行みやざき」はそれまで同区間で寝台車の連結された直距離鈍行でした。この当時、寝台車の連結された長距離鈍行は愛称名は無くマルスには入っておらず沿線の主要駅で硬券が売られていました。後のからまつ、南紀→はやたま、山陰、ながさきとなる列車が愛称名無で運転されていましたね。懐古館で公開中の紀勢鈍行天王寺行、長崎鈍行門司港行はそれぞれ串本、長崎で硬券の寝台券を購入しました。
オハニ36は近代化改造されたものはわずか4両のみだったようで私が1969年8月に乗車した京都行日南1号には車内がニス塗り(蛍光灯化)の車両が連結されておりブルーに塗られ当時はまだ美しかった10系軽量客車のオハネやナハに混じって異彩を放っていたのが今でも強く印象に残っています。
1975年3月10日の新幹線博多開業に伴い門司港⇔西鹿児島の「急行みやざき」は、廃止された「急行日南」の愛称をもらってしばらくの間オハニ36が連結されていたようです。旅情館カレチ様が日南に乗車された頃はオハニ36に電暖を取り付け自重が重くなりスハ二37となったものも含め最後の急行運用だったと思われます。
(新着)特急有明36号(ハイパサルーン)他
投稿者:
かんりにん
投稿日:2012年 5月13日(日)20時03分21秒
本館新着に、JR九州の特急「有明36号」ハイパーサルーン他の車内放送を公開しまし
た。
89年頃、西鹿児島、熊本、博多ではご当地メロディーが流れました。後に、始発、終着時
の「浪漫鉄道」へと変化して行きました。当時は真っ赤な制服の「ハイパーレディー」が乗
務していましたが、今のように車内販売からビュッフェ、乗客案内まで何でもこなすような
存在ではなく、グリーン車の乗客へのサービスや観光案内放送など簡単な業務だったと思い
ます。783系は自動放送が多く、録音目的ではほとんど乗車していない為、コレクション
数は少ないです。とは言っても九州豪遊券でグリーン車の旅を楽しんだ際に何度か乗車して
おり、今回はそのひとつです。
カフェテリアはあまり記憶がないのですが、案内放送はハイパーレディーではなく、車内
販売業者が行なっていますね。ご当地メロディーですが、西鹿児島発車前は頭が切れました
ので、カットしました。グリーン車乗客へは、乗車区間に関係なく、おしぼり、飲み物の提
供がありました。豪遊券では、ハイパーサルーン運転席展望の旅以外に、録音では博多-二
日市や博多-香椎など短距離でも頻繁に乗り降りし、その都度サービスを受け、大変恐縮し
た思い出もあります。吉塚-博多間のグリーン券まで窓口で発券してもらいました。
おまけに、前回は音欠けのハイケンスでしたので、今回は欠けていないハイケンス「日
南」「かいもん」を紹介します。豪遊券では「日南」「かいもん」のB寝台も利用出来まし
た。
(新着)急行「日南4号」特急「にちりん7号」
投稿者:
旅情館カレチ
投稿日:2012年 5月13日(日)16時09分36秒
旅情館/客車に急行「日南4号」電車に特急「にちりん7号」を公開しました。
今回は先週の「かいもん4号」と同じ九州内を走る日豊本線の夜行急行「日南4号」
で急行区間の門司港~宮崎間の乗車で76年5月の収録です。
初めて九州に行った時の初期の録音の為、門司港発車前の放送はチャイムの
終わる寸前からの録音でお恥ずかしいかぎりです。列車の編成は旧型客車の
オハネフ12・オハネ12・ナハフ11・ナハ10の10系客車に増結車として急行列車
では珍しいオハニ36 21が連結していた時代のものです。放送内容では小倉発車
時の停車駅の案内で管理人様が公開された12系時代の「日南」では停車しない
「豊後豊岡」「日代」「浅海井」にもこの頃は停車をしていました。チャイム
は門司港発車前と宮崎到着前にハイケンスが流れます。
485系特急「にちりん7号」は先週公開したに「かいもん4号」乗り継ぐのに宮崎
~小倉まで乗車した列車で78年5月の収録です。
アーカイブスに同じ小倉行の「にちりん」が各駅チャイムで公開されていまずが
今回のものはとても及びませんが宮崎発車前・延岡・佐伯・大分・別府・小倉
到着前と車内販売の案内の前に「鉄道唱歌」が流れます。駅のアナウンスですが
チャイムが鳴った駅のほか中津駅の放送が録音してありました。
それでは急行「日南4号」と特急「にちりん7号」の旅をお楽しみ下さい。
Re:本館九州の列車
投稿者:
懐古館カレチ
投稿日:2012年 5月 6日(日)22時11分0秒
本館九州の列車公開ありがとうございます。このころはまだTHE国鉄のような放送を聞くことができましたね。今回の音欠けチャイムは前回と異なりもう一つのパターン(いかにも使い込んで音欠けになったような感じ)と言えるものでこちらも昔から良く聞くことができました。12系併結改造された20系1000,2000番台が登場した時、雑誌の記事を読み、車内放送面ではもはや20系ではなくなってしまったことから私はあまり積極的に乗車することはありませんでした。たしか「さんべ5号」での録音(未公開、但し乗車してのは12系座席車)があったくらいだと思います。
783系増備車にはカフェテリアがありましたがそれにまつわる車内放送は収録されていませんか?
Re:旅情館急行 「かいもん4号」
投稿者:
懐古館カレチ
投稿日:2012年 5月 6日(日)21時44分23秒
旅情館急行 「かいもん4号」公開ありがとうございました。
折尾駅の駅弁立ち売りはTVなどでも時々取り上げられていましたが残念ながら昨年6月以降見られなくなっていたようですね。
折尾駅立売退社についてのお知らせ
http://www.tochikuken.co.jp/yamaguchi.html
夜行列車が多数運転されていた国鉄時代、山形駅弁の立ち売りの声が印象的でいまでも忘れません。早朝または夜遅くなっても「エー~ベントベントベント~」と大きな声で立ち売りをしていました。私はあいにく録音はありません。どなたかお持ちではないでしょうか?
西鹿児島駅ホーム放送はなかなか良い放送でしたね。
(新着)急行 「かいもん4号」
投稿者:
旅情館カレチ
投稿日:2012年 5月 5日(土)22時49分44秒
旅情館/客車に急行「かいもん4号」を公開しました。
今回は九州内を走る夜行急行の「かいもん4号」で12系客車に20系寝台を連結して
運転していた門司港~西鹿児島間で78年5月の収録です。
チャイムは門司港発車前と伊集院到着前、西鹿児島到着前にハイケンスが流れます。
放送内容は門司港発車の時点では乗客がほとんど乗っておらず、小倉からかなり乗車
があり本格的な到着案内は小倉からになっていました。あと小倉発車後の放送のあと
に折尾駅の構内放送を録音してあり小さな声なので判りずらいかもしれませんが当時
は当たり前でしたが、今ではほとんど聴かれなくなった駅弁の立ち売りの声が録音さ
れています。それから列車が西鹿児島に到着してドアが開く少し前から駅の構内放送
が流れますが、独特の言い回しの放送なので是非聴いて見て下さい。
それでは急行「かいもん4号」の旅をお楽しみ下さい。
以上は、新着順1番目から10番目までの記事です。
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