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  • 投稿者:管理者
  • 投稿日:2009年 3月15日(日)17時41分11秒
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断酒新生指針

一 酒に対して無力であり、自分ひとりの力だけでは
どうにもならなかったことを認める



		

 酒害者の酒に対する執念は凄じい。悩み苦しんでいる家族よりも酒の方を選び、ときには、コップ一杯の酒に自分の人生を賭けてもよい、と考えることすらある。


		

 内臓疾患、職場での重大なミス、離婚問題等が動機になって節酒に挑戦し、何回となく失敗してもなお、酒に対して無力であるという現実を認めることができない。


		

 節酒ができないことを認めて、時には断酒に挑戦する人もあるが、ほん の数日でまた飲み始める。そして、例えわずかの日数でも酒を断つことができたのだから、今度こそ節酒ができるはずだ、考えている。

 何度同じことを繰り返しても、自分が酒に対して意思が働かない人間であり、アルコール依存症になっているとは、認めない。酒に対する無力の承認は、もう二度と酒を飲めないことを意味する。そしてそれは、生甲斐のすべてを酒害者から奪いとることでもあるのである。

 また、アルコール依存症ほど理解されていない病気も珍しい。低人格、意思薄弱人間がなると考えている人が多く回復が可能だと考えている人は極めて少ない。この病気に対する偏見、誤解は社会に充ち溢れている。そして、酒害者自身が世間と同じ偏見を持っていることが、問題の解決を難しくしている。自分をアルコル依存症だと認めることは、己の全人格を否定することにもなりかねないのである。

 しかし、事実は事実として素直に受け入れよう。酒に対して無力であることは、決して恥ずかしいことではない。アルコール依存症は元来、酒を絶対にコントロールできない病気であり、人格が原因で発病するものではない。自分がアルコール依存症になっており、酒に対して無力であるという事実を認めないことが恥ずかしいことであり、断酒を決意し、この病気から回復しようとする努力は誇れるものである。

 自分自身の偏見を捨てよう。病気の進行とともに人格の荒廃が進むことがあるが、それはこの病気特有の症状であり、断酒することによって徐々に回復する。

 われわれ酒害者の人間としての本質価値は、一般の人たちと何ら変わるところがない。また、断酒が継続される過程で様々な問題意識が生まれ、それらを解決していくうちに、信じられないような新しい人生が拓けるのである。

 酒に対して無力であることを認めたとき、断酒への努力が始まる。しかし、 自分ひとりの力だけで断酒しようとする人たちは、必ずといってよいほど失敗する。自分ひとりだけの弱さを認められない人の自信は過信でしかなく、「孤独な病気」と呼ばれるアルコール依存症を、充分に理解していないことにある。

 われわれは孤独になることを望んでいなかったが、酒にすべてを支配される生活を続ける中で周囲の人たちの信頼を失い、孤独はどんどん深まっていった。ついには、その孤独の恐ろしさに震え、自らを責めさいなんだ。

 酒害者の悲しさは、酒を飲むためにはどんな嘘でもつかねばならないことにある。そしてその嘘が、孤独の最大の原因になる。勿論、嘘をつくことには後ろめたさもあり、それなりの反省もするのだが、だからといって嘘をやめるわけにはいかなかった。命よりも大切な酒を飲めなくなるからである。

 嘘のくり返しが延々と続く中で、酒害者にとっての嘘は、生きていくための必要悪となる。われわれは酒以外の問題で嘘をつくことはなかったのだが、生活のほとんどすべてが酒に関わってくるとなると、他者から見て、どうしても嘘で固めた人間になる。

 その嘘が原因で、われわれはだれにも相手にされなくなった。一人ぽっちの孤立した暮らしの中でますますひどい酒を飲むようになり、心身ともにぼろぼろになった。アルコール依存症は酒をコントロールできない病気であるとともに、孤独が際限なく深まる病気だともいえるのである。だから、この病気から回復するためにもっとも必要なことは、孤独から抜け出すことである。言い換えれば信頼できる仲間つくることである。

 ひとりでは酒をやめられないから、必然的に断酒会ができたと考えることができる。酒害者は酒の歴史とともに生まれていたと思われるので、ずっと以前から酒に悩む人たちの中には、酒を断つしかないと考えた人もいただろうし、ひとりでそれなりの努力をした人もいたと考えられる。だが、そうした人たちの努力がことごとく破れたため、アルコール依存症は不治である、という偏見が生まれたのだろうか。

 われわれ自身を振り返って考えるとよくわかることだば、何度かひとりで酒を断つ努力をした結果は無残なもので、断酒会に入会することでやっと断酒できたのである。断酒会をはずしてわれわれはの断酒はあり得ない。

 断酒会でわれわれがやっていることを、非指示的集団療法と医療関係者たちは呼んでいるが、正にその通りで、誰かの指導で酒のやめ方を学んでいるわけではない。われわれは断酒会にまったく平等な立場で参加し、本音で話し合える仲間としてお互いが助け合い、励まし合い、啓発し合って新しい生き方を目指すのである。そうした信頼関係が断酒会の中で得られるため酒がやめられるのだから、われわれはとてもひとりで断酒できるとは考えられない。

 また、断酒会に入会して数年断酒が継続されている人の中には、「これからはひとでやめていきます」という人がいる。絶対やめられないと思っていた酒がやめられた時の歓びは、口では表現できないほどだ。正にきせきだと思う。

 だが、そのとき、断酒会が自分に奇跡をもたらしてくれたと考える人は道を間違わないのだが、自分は奇跡を起こすほどの力のある人間だと勘違いした人は、自分を過大評価するようになる。もう仲間といっしょでなくもやっていけると考える。

 そうした人たちが断酒会から離れて、どんな結果を出しているのだろうか。ほんの短い期間なら、その人独特の考え方でやっていけるかもしれない。しかし、ひとりほど弱いものはない。理解してくれる人も助言してくれる人も周囲にいなくなると、結局は自分の殻の中に閉じこもってしまうしかない。そして、酒を飲んでいなくても、あのひどい酒を飲んでいたころの孤独な状態に戻ってしまう。

 考えてみれば、その人にとって酒はかつて、孤独を一時的に解消してくれる特効薬でもあった。人間の記憶はかなりいい加減なもので、また、時間の流れは恐ろしいものである。ひとりぽっちの断酒が苦しくなったとき、過去のつらい酒のことだけを思い出せばよいのだが、もうひとつの楽しい酒の記憶が戻ったりする。そうなると、飲酒の誘惑に勝てなくなるのは時間の問題になる。

 とにかく、ひとりで断酒するといって会から離れて、よい結果を出している人はいない。われわれは、ひとりでやめられるというどんな強い自信を持ったにせよ、現実をじっくり見れば、断酒会から離れることがどんなに危険なことかよくわかるはずである。

 われわれは、そうした先輩会員の脱落への過程を素直に受け止めて、自分ひとりの力だけではどうにもならないことを、改めて確認しよう。そして、これからの自分の断酒の糧にしよう。


http://www.tokyo-danshu.or.jp/


  • [3]
  • さすがビール

  • 投稿者:こうぼう
  • 投稿日:2009年 4月 1日(水)12時35分24秒
  • proxy1160.docomo.ne.jp
  • 返信
 
お酒をたしなむ人?
よく解っていらっしゃる。一度、ご一緒したいですね酒 世良様

  • [2]
  • 神奈川県酒害相談員

  • 投稿者:ケイ(品川)@禁煙中
  • 投稿日:2009年 3月23日(月)03時59分32秒
  • nttkyo791210.tkyo.nt.ftth.ppp.infoweb.ne.jp
  • 返信
 
神奈川県酒害相談員一般研修会について

 研修会の名称の通り、神奈川県酒害相談員と一般市民の合同の研修会です。
 毎年7月から翌年の3月まで県内全域で開催されます。
 横浜では、7月〜翌年3月までの毎月1回、二つの行政区を単位として開催されます。毎年2月は神奈川・鶴見地区で開催され、断酒会の該当2支部が隔年で主担当します。
 毎回、市内のアルコール医療関係者=医師、ケースワーカー、看護師等々の方々を講師としてお招きし、アルコール医療に関する講演をお願いしております。   講演終了後には講師への質問もできます。
 参加者の顔ぶれは、県酒害相談員、断酒会員(友好断酒会員を含む)、家族、AAの方々 、酒害者の友人、一般市民・・・等々です。


神奈川県酒害相談員とは?

 神奈川県内の断酒会員として3年以上完全断酒を継続すると、その家族を含めて毎年1回、県の主催で行われる「酒害相談員研修会」(今回の一般研修会とは別)の受講資格が得られます。
 受講後もう1年断酒を継続し、もう1度同じ研修会に参加すると、神奈川県より委託された酒害相談員(県準職員)としての資格を得ることができます。
 試験はありません。強いて試験といえば、最低4年間の完全断酒試験とは言えるかもしれません。
 資格者は断酒会の酒害相談や保健所、その他の個人的相談などで活動します。
 断酒会員としての活動なのでもちろんボランテイアです。

エピソード

 ある酒害相談員が、夜間にうっかりして無灯火で自転車に乗っていたそうです。そこを警察官に職務質問されて身分証明書の提示を求められました。
 そこで、酒害相談員の身分証明を見せその説明をしたところ、警察官の態度が一変し、「申し訳ございませんでした。どうぞ、いらして下さい」という事で、無事釈放となったそうです。
 断酒の威力って凄いですね。
 アル中は、誤解・偏見も手伝って世間のつま弾き者というのが通例ですが、断酒は逆に社会の信用を得る特効薬になるようですーなにしろ、警察官を脱帽させてしまうんですからね。

 せっかくアル中になれた?
 つまり酒害相談員として世の為、人の為になれる道が開かれているのですから、皆さんも酒害相談員資格に挑戦してみませんか?!
  東京にも同様の制度があると良いですね。


この文章についての説明:原文は「一日断酒」への投稿、ヒデゾウさんへのお答え  投稿者:たっちゃん  投稿日:2009年 2月 7日(土)です。
神奈川県の酒害相談員についての独立した文章に再構成してみました。

  • [1]
  • 20090314アルコールセミナー 世良さん講演要旨

  • 投稿者:nob
  • 投稿日:2009年 3月15日(日)17時46分7秒
  • z70.124-45-97.ppp.wakwak.ne.jp
  • 編集済
  • 返信
 
―アルコール依存症者の看護で、今囚われていること一
            医療法人社団慈友会慈友クリニック世良守行
最近、私はアルコール依存症者の症状の一つであるブラックアウトに改めてこだわって関わっている。なぜ今さらブラックアウトにこだわっているかというと、断酒後の彼らの生きにくさに、プラックアウトが大きく影響していると確信するようになったからである。
 アルコール依存症者のほとんどの人にブラックアウトがあるが、それが断酒後にどのような影響を与えているのか、あまり語られることもなく、彼らも問題としていないことが多レ’。当初、私は泥酔しなければブラックアウトは起こらないと思い関わっていた。しかし病院で働いているとき、飲酒はしているがふつうに会話ができるアルコール依存症者と多く話す機会を持っことができた。病棟に酒臭をさせて入ることができないので、看護室で話し合って反省室に入ってもらうのである。時には威勢良く反抗してくることもあるが、多くの人が納得して反省室に入っていた。次の日、反省室にいって前日のことを聞くが、多くの人が飲酒した罪悪感はあるようで頭をたれて「すいません」という。その内容を聞くが黙って返答しないことが多い。記憶がないとは思っていない私は、黙って頭を下げている彼らに少し怒りを覚えながらも反省しているものだと思っていた。
 一方、反抗してきた人に前日のことを聞いてみると、彼らの多くが飲酒をしたことは覚えているが、どのような言動をとったかは定かでないことが多かった。前日の反抗的な態度に「すみません」と頭を下げるだけでは納得のいかない私は、言動の確認をするが返って来る言葉は「覚えていません」ということが多かった。つまり記憶にないのである。このように反抗的な言動をとったときブラックアウトは起こるが、静かに飲酒を認め反省室に入った時などブラックアウトはないのだろうか?と疑問を持ったことがあった。
 一般的に飲酒での問題が起これば、素面の時にその内容を確かめようとするが、飲酒時にも通常の生活ができていれば、その言動を確認することは少ないと思われる。私はこのような体験を重ねていく中で、少量のアルコール摂取でブラックアウトを起こしているアルコール依存症者が多くいることがわかった。
 そのような思いから彼らの話を聞いていくと、ある人は「毎日、起きたら家族の顔色を見る。問題が起こっていれば家族の対応が厳しい、何もなければ普段通りであり安心する]と語り、問題がなかったときもブラックアウトがあったことを推測できる。またある人は自分のことを浦島太郎といった。それは素面になってみると、数年間の記憶がほとんどなく、子どもが成長し社会が変化しているのに驚いたからだと言う。彼は仕事が終わるとすぐに一杯飲んで途中から記憶がない生活を長年してきたのである。当然社会生活も飲酒の中で行っており、記憶は定かでない。アルコール依存症者の多くの人が数ケ月から十数年間の記憶が定かではないのである。しかし彼らも周囲の人も問題行動がなければ記憶の確認をしないのが現実である。
つまり周囲の人が本当に困るのは、彼らには全く記憶がないのはもちろん、それだけではなくて、少量の飲酒で問題も起こさず過ごした時ですらブラックアウトが起こっていることなのである。
 病院での治療に体験発表というプログラムがある。彼らは自分の飲酒体験を語るが、本当のところどこまで語っているかは疑問である。つまり、飲酒時の多くのことが記憶にない中で語るのであるが、それを聞く医療者は彼らの話だけを聞き、これでは入院する意味も無いのでは?」と思うこともまれではない。しかし、家族の話を聞くと大きく本人の言い分と異なり、それを知って聞くと「自分に都合の良いことしか言っていない]「アルコール依存症を認めていない」と思える。一般的に本人は家族の話を「咋話」「大げさ」などと語り、記憶の無いことを認めようとしない人が多い。
 ある人は断酒会で体験発表をすることになった。しかし記憶の乏しい彼は特に話すようなことを思い出せないので、妻に聞くことにした。妻はこと細かく話してくれたが[そんなこともあったな」と思い出すところもあったが、全く思い出せないものもあった。彼は発表の日、壇上でいかにも自分は過去のことを覚えているように話した。それを聞いていた妻は丁私が全部教えてあげたのを、覚えているかのように話していた。何で記憶がなくて妻に聞いたといえないのか?」などと憤慨していた。またある人は家族の話を体験発表で聞き、「すごいな、そんなこともやったのか?俺はそこまではやらなかった」と思って家に帰り、妻に話すと[何言っているの、あなたと同じではないですか」と言われ驚摺した。自分には全く記憶がないのである。
またある人は、布団の中で目が覚めて、寝間着に着替えているし、風呂にも入っている。しかしその状況が思い出そうとしても全く思い出せないのである。そのような状況を「私は〜をしたらしいとしか語れない。なぜなら酔いが覚めたときからの結果でしか語れないからである。風呂にはいったらしい?着替えをしたらしい?」とプロセスが記憶されていないことを語った。
 断酒が継続してくると、このようなブラックアウトにいやおうなくぶつかってくる。当初は家族(主として妻)の言うことに「大げさだ、そんなことはない」と思い反発していても、アルコール治療や自助グループで人の話を聞いていき、家族に飲んでいた時の出来事を小出しにされ、少しではあるが記憶のよみがえる部分もある。すると「家族の語るのは本当かもしれない」と考えるようになってくる。しかし記憶のない中でとても信じられないこともあり、いくら家族に言われても受け入れがたいものもある。ブラックアウトによる数ケ月から十数年における社会生活の乏しさは、断酒を試みるとき、素面の体験の乏しさに気づき、自分の言動に自信が持てないため多くの人を不安にさせるという。もともと対人関係などに生きづらさを感じ、逃避して飲酒を続けて来た人たちが多いアルコール依存症者は、さらに空白の年数を受け入れなければならないのである。このような現実を理解し断酒の継続に努力しても、生きづらさに耐えられず再飲酒する人が多くいるのである。
 時に飲酒して起こったすざましい状況を物語のように実にうまく語る人がいるが、その人たちは長期の断酒継続で記憶がよみがえっていったのか、周囲の人に飲酒時の状況を聞いて記憶があるように語っているのではなし功、と思われる。
このように最近私は彼らに断酒後の問題としてブラックアウトのことを話すことが多い。そして、記憶をよみがえらせるには断酒の継続と、体験発表を聞くことであると伝える。なぜなら、彼らは人の体験発表や飲酒時の話を聞くことで記憶がかなりよみがえることを実感しているからである。彼らは断酒が少し続くと、年相応の言動を期待されるが、記憶がよみがえったとしてもそれはあくまで飲酒時の記隠であり、素面の記憶は本当に乏しいものと思われる。そのため素面になると飲酒をしていたときとは違う苦悩を感じるという。
 このように私はブラックアウトの関わりに未だにこだわっている。断酒後、生きて来た証すら明確でない多くのアルコール依存症者は、記憶の不鮮明な中で健康人としての言動を求められる。そのことへの不安は、我々 の想像をはるかに超えるものではないかと思われる。このようにブラックアウトがアルコール依存症という病の回復に、大きな影響を与えているのではないだろうか?


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