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「ヨシュア・トゥリー」に反論があるかもしれませんが、熊倉先生の作品に流れている心象風景は、寂しい荒野や寂れた街だと思います。ビュービュー風が吹いてほこりっぽい荒野です。そこに作者は佇んでいる。胸が締め付けられるような寂しさの中から、ドロドロとしたものが浮かんでくる。それは魔法や楽しく遊ぶ子供たちに姿を変えていきます。それがJINGでしょう。「ヨシュア・トゥリー」で先生はゾッとするようなものを描きましたが、あれが先生がいつも感じていたものなんじゃないでしょうか。「ヨシュア・トゥリー」は、JINGの中では、魔法の世界という分厚い皮に覆われていたものを、ひっぺがしてさらけだした漫画だったと思います。事実、『第7監獄』編や『色彩都市』編、『アマルコルド』編では、なんだかとても寂しくなるようなシーンがいくつかあるように思います。みなさんはどうでしょうか?
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